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2016.08.21

8years

お盆休みも頂きまして一段落したところで
改めてのご報告となりますが、この度8年間勤務してまいりましたドラゴンアローを
2016年7月をもちまして退社致しました。

所属中、ご愛顧、ご贔屓いただきました皆様、
ご縁によりFinch of amazing dinerにて婚礼をあげていただきました皆様には
感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。

今の私にはこの会社で学んだことが
めいっぱいつまっています。

この会社にひろってもらわなかったら
果たして今どんな自分になっていたのか
恐ろしくなるほどです。

8年前、私が入社して系列店2店舗で歌っている頃はまだ、ドラゴンアローの1号店でもあるアメリカンステーキ&グルメバー宝の現場に、オーナー渡部自ら入り、
毎日必死でお客様を喜ばせていました。

あのお客様が好きなものはなんだろう、
あのお客様が今手紙をもらったら嬉しい方は誰だろう、あのお客様を感動させるにはなんだろう…。

今各店でもお祝いやサプライズ演出アイテムとしては必須であろう映像も、その頃はオーナーが作っていました。

限りなく個人プレーばかりだった私も、人と協力して誰かを喜ばせること、人と分担するという意味を学びます。

のちに、ダイニングバーや居酒屋などの飲食店だけではなく、
お客様と一生のお付き合いをしたいんだと、ウエディング会場のFinch of amazing dinerが生まれました。

オープンの1年前から、毎週水曜日に事務所に集まって会議をし、やがて上がってくる会場内の図面とにらめっこしながら、まだ形のないフィンチで結婚式をあげてくださるお客様を探しながら、毎日を過ごしました。

やがて、初めて待ちに待った出来上がったフィンチに入ることができた日を、
私はおそらく一生忘れません。
そこに私の選んだ、私も歌いやすいスピーカーが入り、カラオケ用じゃないマイクが入り、フィンチにぴったりなアンティークの譜面台を見せられたときには
涙が込み上げました。

そこからは歌い手として社員にしていただき、昼間は映像を制作して夜は歌い、婚礼のときは音響オペレーターとしてPAに入る。そんな雇い方をしていただきました。

バーで歌しか歌ってこなかった私が、このような働き方をさせていただけたことは、母親もさぞかし喜びました。


しかし、思いも社会的常識も、未熟だった私は、相当怒られる日々でした。もう会社を辞めてくれと言われたこともあります。
それでも人が大好きで、必死に人を喜ばせるあのオーナーの姿に感銘を受けた私は、泣きながら必死に学びました。

どうしてもオーナーに認められたい。どうしてもオーナーと肩を並べて仕事がしたい。

そうしていくうちに、同じく社員として学ぶ仲間ができました。
分野が違えど、同じく悩んで、同じく進みました。睡眠時間が足らなくとも必要であれば退勤後に、何時間でも悩んでいる同僚の話を聞きました。
精神的にも精一杯の中でのあの毎日は
会社への愛情以外のなにものでもありません。


今こうして振り返ってみても
ドラゴンアローは
わたしの青春のひとつです。


なにより私が学ばせていただいた中で、一番大切にしていこうと思うことは、
お客様に喜んでいただくことが報酬だということです。

喜んでくださるお客様を増やせることができれば、喜んだ数だけ勝手に報酬がついてくることでしょう。やがてはその数も増えるでしょう。
その積み重ねが私にとっての仕事であり、自分が仕事をやる意義だと感じながら、目の前の人に喜んでいただきたく日々歌っています。

私はこの8年間で
オーナー渡部龍哉から盗んだそれらを胸に、次のステージに向かいたいと思います。

人を喜ばせることに必死なドラゴンアローが心から大好きでした。
そしてFinch of amazing dinerはわたしのブランドであり、ドラゴンアローの一員であることが私の自慢でした。

 

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8年間分という思いの丈は
少し長文ですがお許しを…

というか
ここまで読んでくださった方がいらっしゃいましたら、
それはそれは感謝です…!!!!✨


ちょっと長過ぎるよね笑


Big Love.


2016年7月30日
ドラゴンアロー卒

山口ゆかり